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包み込む


金木犀の香りがした。
毎年、花の色よりも先に香りで花開いたことを教えてくれる…金木犀と梔子は、私にとってそんな小粋な花だ。

今年も、この甘く優しい香りに包まれる時季が来た。
香りは、記憶を呼び起こす一番大きなものの一つだという。
そのせいか、この時季は毎年同じことを思い出す。そして、振り返る。
10年間区切りとして目指し続けた、28歳を迎える前の、最後の秋。
金木犀の香りに、守られた。27歳だった。精一杯だった。

香りと共によみがえる、27歳の自分。
それは、別に戻りたいだの、つらかった、だの、そんな感傷的な気持ちではない。
27歳の自分は『“今の自分”に対する指標』でしかない。
毎年私は、香りをきっかけに、27歳の自分を『通して』、“今”を見る。

4月1日を歳の区切りとして、1年の目標を立てる私にとって、大体その歳の半分を過ぎるこの時季にこんな風にふり返れる機会があるというのは、ありがたい。

27歳の秋から、ずいぶんと多くのものが変わった。
33歳を迎えた半年前からでさえ、変わったものがたくさんある。
その一方で、変わらないものも増えた。
変わらないと、純粋に信じられるものが増えた、が正しいのかもしれない。
信じていたものが壊されてしまうこともあると知ったから。
(だからって、信じることをやめようとは思わないけれど。)

そして、壊してしまうかもしれない怖さを、感じているから。

わたしに学ぶ楽しさを思い出させてくれた人。私の知識欲を満たしてくれる人。
誰よりも、今、支えるべき人。支えたい人。
生きていてほしい人。

細く頼りなかった「蜘蛛の糸」が、暗闇の中、より強く紡がれていくように感じる今…
私はあなたを、傷つけるかもしれない。

けれどせめて今だけは、金木犀の香りのように、あなたを包む優しさであろう。
“今”を見つめながら、一年で一番輝く月と、この甘く優しい香りに、そう誓った。



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あなたの手のぬくみ


「あたった」。

『闇』に囚われるような絶望感…苦しみ。
濁る心の、その重さに、苦しくなる感覚。
心臓が重くなって、涙が込み上げる。

久々の、同調。

子どもたちと寄り添って過ごす中、その辛さ苦しみを感じ何度も涙を流したけれど…同調で引きずり込まれることはなくなっていた。
だから、その子達のために全力で動けていた。

そうできるようになったのは、自分が成長したからだと思っていた。

でも、違った。
私は20の頃から変わってない。

バランスがとれていたのは、あくまで『教員』として向き合う『子どもたち』に対してだったからだったのだと思い知らされた。

『対等』な人には、余裕のすべてをかっさらわれてしまう。

生にすら疑問を覚えるような、深く暗い闇。
心の中にいる人がその状態だと引きずられる。

近しい人であればあるほど…同調してしまう。
同調は、諸刃の剣のようなものだ。

違うのは…20の時よりも、引き上げてくれる手が増えたこと。
闇に溺れかけても、還ってくる場所があると、より強く確信を持てている今、突っ走ることは怖くなくなった。

同調する気持ちに全力で向き合う覚悟ができるようになった。


生死を考えなければならないほどの闇に直面する人がいる。

飛び抜けて頭の良いその人とは、いつも頭をフル回転させながら会話をしている。
その会話の中で、「フラストレーション」に関しての議論があった。

その人は、完璧主義であるがゆえに、例えば「試験で合格したとしてもフラストレーションは感じる」と言い切れるほどの強さをもっている。
100を目指しながら100を感じない、そのストイックさと向上心、そのすべてを受け止めようとするその強さが、今、自身を苦しめている。

私の場合、何かを選択するときはとことん考えて考えて、選んだらもう、迷わないし、後悔もしない。
どちらを選んでも、選んだ一秒後からの自分の行動で、その選択を選んでよかったと思う『未来』をつくることはできると思っているからだ。
でもだからこそ、中途半端には選ばない。
10年後に『今』に戻ってもそっちを選ぶだろう、と思えるほどに考え抜いて、選択をしている。

そして、その後の行動のすべてで大切なのは「最善を尽くしたか」ということ。
最善を尽くしても届かない時もあるけれど、本当に最善を尽くしていたら「これだけやって無理なら仕方ない」と清々しい気持ちで結果を受け入れられるから、フラストレーションはたまらない。
後悔することもない。

そんな話をした。
そのあとに、
「それでも私はもしあなたが命を落としたら後悔するだろう」と告げた。

その人は、重くなったその場に風を吹き込んで軽くするために、笑いながら、冗談めかして言った。

「最善を尽くせてないんじゃない(笑)?」


その言葉が、ずっと頭に残っている。


その人はそんなつもりでは全く言っていない。
それも、分かってる。
だけど、囚われてしまった。

私は、確かに最善を尽くせてはいない。

何が最善かも分からずに、最善を尽くしてもそれはきっと『足りない』。
だから、動ききれていなかった。

最善が、『分からない』ことを言い訳にしてた。

それでも…足りなくても、届かなくても、大事なことは『自分が思う最善を全力でできたのか』ということ。

後悔の仕方は行動次第でどうにでもかえられる。

今の私には、還る場所がある。
だから、全力で受け止めて突っ走っても、きっと大丈夫。

今できる、最善をしよう。
同調もすべて引っくるめて、受け入れよう。

大切なことは、その人の手があたたかいということ。
生きている、ということだから。



夏☆2017


Summer has come !!!

夏が来ました♪


夏は私にとって、一番多くの思い出を作ることができる季節です。

それは、外にいられる時間が長いことと、夏休みというゆったりとした時間を過ごせることで、いろんなものに挑戦できる機会や出会う人たちが増えるから。

今年の夏は七夕祭りからのスタート☆

仲の良い友達と女の子2人でロマンチックを満喫して、夏やなぁと言い合っては微笑みあってました、笑。

仲間たちとカフェでまったり過ごしたり、飲み会したり、ちゃんばらしてみたり、年甲斐もなくオールなんてしてみたり…
浴衣着て祇園祭に行ってみたり、アクアライナーに乗って短い船の旅を楽しんでみたり、ずーっと散歩してみたり…

まだ8月にもなってないのに、たくさん楽しい思い出が増えています。


少しだけしんどいこともありました。

噛み合わない話の中、ナイフのような言葉を浴びせられて…胸が痛みました。

年を経ても、その時間に真っ直ぐ向き合った人たちと築いた絆は変わらない…
そう信じていたけれど、そうじゃない時もあるということ、
思い出に蓋をすることは苦手だけれど、そうすべき時もあるのだということを学びました。

でも、相手がナイフのような言葉を使うからと自分が使い返す必要もなければ、例えば相手が私を嫌ったとしても、自分が嫌い返す必要もない。

結局何を言われようと自分がぶれることはなくて…それが少し誇らしくもありました。

どんなにしんどくても、私は私らしくいられるんだなって思えたから…。


そして、今回も胸が痛んでたまらない私を支えてくれる人たちがたくさんいました。

全てを知った上で、私が言われたことを一蹴して、笑い飛ばしてくれる人達…
より強く、より温かく…支えてくれる人達。

磐石と呼ぶにふさわしいこの環境で、また夏を過ごせるということが、本当に嬉しく、また楽しみです。


来週から1週間、高校時代からの友達と部屋を借りてシェアします☆
そしてそのあとの1週間は、友達を訪ねて台湾に飛びます。

「これも、これも」と、尊敬できる人達が貸してくれる本もたくさん手元にあって…学びも多い夏になりそうです。


今日は天神祭…

きゅっと帯を閉めて、椿の浴衣に身を包んで、今日もまたひとつ、夏の思い出を増やしてきます。

夜空に咲く花火のように、みごとな大輪の花をいくつも咲かせるような夏にしよう…
ゆっくりと髪を結いながら、そう思いました。

七夕



「開く」


初めて聞いた時から、心に残っている曲がある。

きれいなピアノの旋律が心に染み入ってくるようで、シンプルに「弾いてみたい」と思った。
けれど、唯一出回っている楽譜は、サウンドトラックの付属品としてついてくるものだけ。
そのサウンドトラックはすでに廃盤になっていて、手に入らない。
そこから、20年間…折にふれ探し続けていたその楽譜が、やっと手に入った。

久しぶりに、ピアノの蓋を開けた。
動かない指に、昔飽きるほど弾いた曲で勘を取り戻させる。
1曲弾き終えるごとに戻ってくる指の動きが、なんだかとても嬉しかった。

楽しい――そう素直に思えるような心地良さの中で、弾きたかった曲の一音一音を確認しながら奏でていく。
最近、そんな贅沢な時間を過ごしている。


もう一つ、贅沢だなと思う時間がある。
読書の時間だ。

今勤務する学校には、まさしくビブリオと呼ぶに相応しい司書の先生がいる。
友達に勧められた本について聞くと、その著者についての個人の見解と、蔵書のメモを手紙に書き、その著者の本の入門編のような2冊と、先生のおすすめの2冊の本とをセットにして渡してくれた。

そのうちの一冊に、『太陽のパスタ、豆のスープ』があった。
現代小説を読むのは、いつぶりだろう。
そう思いながら、ビブリオからの素晴らしいお手紙で抱いた感動に後押しされて、ページを開いた。

仕事に疲れた時にお勧めだと言われたのだが、まさかの出だしが別れ話…
先行きに不安を感じながらも読み進めていくと、なるほど確かに元気になれる本だった。
そして、所々で胸にそのまま入っていくような、そんな言葉との出会いがあった。
丁寧なコメントのお手紙のお返しに…と、本を読んだ感想を手紙にしたためた。


今歳…33歳になって2カ月が過ぎた。

今まで少し遠ざかっていたものを開き、瑞々しい新鮮な感覚と共に自分のすぐそばに置く。

人とのつながりに関しても…今まで固く凝り固まっていた部分に柔らかさを持たせて、違う感覚をもって、接し始めている。
それが、良い事なのか悪い事なのかは今はまだ正直分からないけれど…。

今歳は、「吐古納新の年」になる…そんな予感がしている。


司書の先生へのお手紙


33yrs old -about life-


「なにがしあわせかわからないです。
ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」

宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』には、こんな台詞が出てくる。

星に包まれるような、読み終えたあとに何とも言えない切なさとそして煌めきが胸に広がるような、そんな物語をゆっくりと読んだ。


思い出したのは、この物語を好きだと言った、大切だった人のこと。

一生しんどいか一瞬しんどいかを考えて、別れを選んだあの27の時の選択を、今の私は、正しかったと心から思えている。

そう思える道をつくり、歩んできた自分自身に、自信を持てる。


今年、また「32歳、今歳が一番楽しく、幸せだった!」と思いながら33歳の誕生日を迎えた。

それからまだ一月半だけど、すでに「今歳が一番幸せ」と思えている自分がいる。


33歳の、私の周りには…ありのままの私を受け入れ、温かく包み込んでくれるような人たちが本当にたくさんいる。

誕生日を、特別なものにしてくれる人たちがいる。

「生まれてきて良かった」

そんな台詞が自然と口をついて出るような…そんな幸福の中で私は生きている。

峠の下りももう、怖くはない。

何があっても、揺るぎない居場所があると分かっているから。


教室で吐き気に襲われて、金木犀の香りに支えられていた私から、何もなくても、立っていられる私へ。

5年間の旅路の中で、出会った人たちとの絆が、星のように煌めいて、この先の路を照らしてくれている。

一あしずつ進むこの一歩が繋がる先に、これ以上の幸福があるのかは分からない。

けれど、今この瞬間が幸せ。

だから、ごちゃごちゃと考えるよりも、その瞬間を重ねていくだけでいい。


頭をすっきりと。

心に真っ直ぐに。


頭でっかちになりがちな私だから、今歳は、心が動くそのままに、少しの緩やかさを持って、過ごしていきたいなと思う。

そして、ずっとかわりなく思っていることだけれど、もらっている温かさには到底届かなくとも、温かさを与えられる人でありたい。


大切な人を、大切に…。


そうしながら、少しだけ、頑なだった殻を破ってみる。

銀河をわたる列車にのって知らない世界で過ごした、ジョバンニとカンパネルラのように。

どこまでも行ける切符は、もうこの手の中にあるのだから…。


プロフィール

*Ayaka*

Author:*Ayaka*
Name:あやか
Sex:Female
Location:
Osaka, Japan/Bangkok, Thailand

+About Ayaka+:
大学院留学から帰国し、
現在日本で英語教員をしながら、精進中です。
バンコクのど真ん中で大学院生をしてました。
タイ語はあまりできません。
ただ、ぼられない様にしていたら、ショッピング時だけ流暢に話せるようになりました、笑。
ちなみに院では英語ばかり使っていました。

どうぞよろしく


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